健康情報の批判的吟味

健康情報の信頼性を評価するフローチャート

   
※④-⑨は東北大学医学部(現公共政策大学院) 坪野吉孝教授のフローチャートです。 
      

用語の説明

※チャート上の「専門家」とは高度な専門性を有する人材であり、専門性を発揮できる存在である。そのような高度な専門性がない場合には、専門家とは認めない。

※「専門性」とはある領域に関する十分な専門知識と経験である。

※定評ある医学専門誌 
 ランセット・米国臨床栄養学雑誌 
 ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メデシィン 
 米国医師会雑誌・英国医学雑誌 
 内科学アナルズ・内科学アーカイブス 
 米国がん研究所雑誌・米国疫学雑誌 
 (※東北大学医学部坪野吉孝教授による)

※メタアナリシスとは 
メタアナリシスは、同じテーマに関する同じ研究デザインの論文を収集し、個々の論文に報告されている数値を統計的な手法を用いて1つの要約値にまとめる。こうした要約値を算出することで、批判的総説に比べて定量的な判断を行うことが可能である。

研究のデザイン  
(東北大学医学部 坪野吉孝教授著書「食べ物とがん予防」から)

無作為割付臨床試験 
健康人を無作為に介入群と対照群に分ける。介入群には栄養素補給剤の投与や、栄養指導を行う。対照群には偽もの(プラセボ)の投与や、栄養指導なしで経過観察を行う。両群を追跡調査して、疾病の罹患率や死亡率を比較する。 
( 対象者の目安 ) 千人から数千人 ( 長所 ) 誤り可能性が最も少なく、最も信頼性の高い情報を得られる。 
( 短所 ) 費用と手間がかかる。数年-数十年の追跡調査が必要。無作為割付が困難なことがある。 

前向きコホート研究 
健康人の日常的な食生活を質問票などで調査する。追跡調査を行い、疾病の罹患や死亡を確認する。食品・栄養素の摂取量が多い集団と少ない集団で、罹患率や死亡率を比較する。 
( 対象者の目安 ) 数万人から数十万人 
( 長所 ) 信頼性が比較的高い。疾病の罹患前に食生活を調査するので、栄養と疾病の時間的前後関係を正しく評価できる。 
( 短所 ) 費用と手間がかかる。数年-数十年の追跡調査が必要。 

コホート内症例対照研究 
前向きコホート研究の参加者から血液などの生体試料を採取し、凍結保存しておく。追跡調査を行い、疾病の罹患や死亡を確認する。 
疾病に罹患した者(症例)と健常者(対照)の生体試料を分析し、血中濃度などを比較する。 
( 対象者の目安 ) 百人から数百人 
( 長所 ) 信頼性が比較的高い。コホート研究の一部の参加者の生体試料を分析するのみでよい。疾病に罹患する前に生体試料を採取するので、曝露要因と疾病時間の前後関係を正しく評価できる。 
( 短所 ) 費用と手間がかかる。数年・数十年の追跡調査が必要。 

後ろ向きコホート研究 
特定の要因(ダイオキシンや環境ホルモンなど)に高度に曝露した集団(産業労働者など)を対象とする。追跡調査を行い、疾病の罹患や死亡を確認する。対象集団の疾病頻度を、性別や年齢分布が等しい一般集団での期待値と比較する。 
( 対象者の目安 ) 数百人から数千人 
( 長所 ) 疾病に罹患する前の曝露要因を調査するので、曝露と疾病の時間的な前後関係を正しく評価できる。 
( 短所 ) 数年・数十年の追跡調査が必要。個人の曝露量を定量的に評価できないことが多い。 

症例対照研究 
疾病に罹患した患者(症例)と健常者(対照)を選ぶ。過去の日常的な食生活を質問票などで調査し、症例と対照で比較する。 
( 対象者の目安 ) 百人から数百人 
( 長所 ) 比較的簡単に調査ができる。追跡調査が不要。 
( 短所 ) 数すでに疾患に罹患した患者に、過去の食生活を質問するので、正しい回答がえられるとは限らない。症例と比較が可能な対照を選択することが困難な場合がある。 

地域相関研究 
国や地域などの集団を対象に、食品・栄養素の消費量・摂取量と、疾病の罹患率・死亡率との関連を調査する。 
( 対象者の目安 ) 数集団から数十集団 
( 長所 ) 比較的簡単に調査ができる。追跡調査が不要。 
( 短所 ) 疾病の罹患率・死亡率と曝露要因を同時に調べるので、両者の時間的前後関係を正しく評価できない。誤りの影響を受けやすい。集団の結果を個人に適用できるとは限らない。 

断面研究 
疾病の有無と曝露要因を同時に調査する。 
( 対象者の目安 ) 数百人から数千人 
( 長所 ) 比較的簡単に調査ができる。追跡調査が不要。 
( 短所 ) 疾病の有無と曝露要因を同時に調査するので、両者の時間的前後関係を正しく評価できない。誤りの影響を受けやすい。

情報の読み取る力をアップする演習問題

上記参考を読んだ上で、以下の問題をフローチャートに当てはめ、情報の読み取り力をアップさせましょう!解答は最終問題の下にあります。

問題1 2001.5.8 朝日新聞掲載の記事の一部です 

コレステロール上昇を抑制 
 卵の白身に「コレストロール上昇を抑える効果がある」という研究が7日、京都市で開かれている日本栄養・食糧学会で発表された。 
発表したのは、 名古屋大のO.U.・助教授らとQP研究所。 
 Oさんはネズミに卵の白身をえさに混ぜ10日間食べさせ、牛乳の蛋白質カゼインを同じだけ混ぜた場合と比べた。 
 ネズミの肝臓から血液中に放出されるコレステロール速度は、白身の方が2割ほど遅かった。 

問題2 2001.9.24 河北新報掲載の記事の一部です 

ビールに抗がん効果 
 岡山大薬学部のA助教授(薬品科学)らの研究グループが、ビールの複数の成分に発がん性物質の働きを抑える効果があることを発見し、成分の一つを特定した。 
 二十一日、横浜市で開かれる日本がん学会で発表する。 
 グループはサルモレラ菌の遺伝子に、発がん性物質のメチル化剤を加えて実験。 
 通常はがんの第一段階である遺伝子の突然変異が起こるが、ビールの少なくても六種類の成分で突然変異を抑制する効果があり、その一つがシュードゥリジンであることが分かった。 

問題3 2004.9.24 時事通信が配信した記事です 

飲酒で乳がんリスク上昇=缶ビール1本までOK? 
 1日に缶ビール(350ミリリットル)1本程度より多くお酒を飲む女性は、飲まない女性の約3倍乳がんになりやすいことが、文部科学省研究班の初の大規模疫学調査で分かった。 
 29日から福岡市で開かれる日本がん学会で発表される。 

問題4 米国医師会雑誌2003年6月11日号に報告された 

PCBの多量曝露で、精子数が減少 
PCBが混入した食用油を摂取した台湾の男性40人を20年後に調べたところ、対照群の28人と比べて、精子が少ない人の割合が高く、異常な形態の精子も多かった。台湾のグループによるこの研究は、米国医師会雑誌2003年6月11日号に報告された。 

※研究デザイン 断面研究 

問題5 内科学アーカイブス2003年1月27日号に報告された 

睡眠不足で、心筋梗塞リスクが上昇 
 米国の女性看護師 7万人(45-65歳)を対象に、 1986年にアンケート調査を行い10年間追跡したところ、 
睡眠時間が8時間の人と比べて、5時間以下の人では、心筋梗塞や突然死などの発生率が 1.45倍高かった。ハーバード大学のグループによるこの研究は、内科学アーカイブス2003年1月27日号に報告された。 

※研究デザイン 前向きコホート研究 

問題6 

脳出血の発生率は飲酒量が 増えるにつれて高くなる 
アルコールと脳卒中についての35件の疫学研究をまとめたところ、脳出血の発生率は飲酒量が増えるにつれて高くなるいっぽう、脳梗塞の発生率は少量飲酒で低く、多量飲酒で高くなった。米国トゥレーヌ大学のグループによるこの研究は、米国医師会雑誌2003年2月5日号に報告された。 

■コホート研究と症例対照研究のまとめ 
 前向きコホート研究が19件、症例対照研究が16件 

※前向きコホート研究と症例対照研究のメタアナリシス 

演習問題の解答 

問題1の解答 
フローチャート⑤より、 
動物実験は直接ヒトにあてはまるとは限らないので、話半分に聞いておく。 


問題2の解答 
フローチャート⑤より、 
培養細胞実験は直接ヒトにあてはまるとは限らないので、話半分に聞いておく。 


問題3の解答 
フローチャート⑥より、 
論文になっていない研究発表は未確定なので、話半分に聞いておく 。 


問題4の解答 
フローチャート⑧より、 
研究デザインは時系列の断面研究であり、信頼性が低い。あまり断定的に受けとめることには、慎重になるべきだろう。 


問題5の解答 
フローチャート⑨より、判断を留保して、他の研究に待つ。 


問題6の解答 
フローチャート⑨の結果により、まず信頼してもよい。

用語の説明

※メタアナリシスとは 
メタアナリシスは、同じテーマに関する同じ研究デザインの論文を収集し、個々の論文に報告されている数値を統計的な手法を用いて1つの要約値にまとめる。こうした要約値を算出することで、批判的総説に比べて定量的な判断を行うことが可能である。