歯を守る
子供のむし歯を放置することは児童虐待
昨今、小中学校でのいじめの問題が深刻化しています。また、家庭では児童虐待の問題が増加しています。虐待の種類には、身体的な虐待、ネグレクト(育児放棄・放置)、心理的虐待、性的虐待があり、その半分はネグレクト(育児放棄・放置)です。
親がむし歯の子供を治療もさせずに放置するなどもネグレクトや身体的な虐待に当たり、児童虐待に当たります。また、学校などの大人社会が「肉体的な苦痛を伴うむし歯を回避する手段である予防施策」を無視したり無関心であることは立派な児童虐待だと本会は考えています。
WHOが歯科疾患の予防を世界に勧告する5つの理由
① 歯科疾患は医療サービスにとり高額な負担で、総医療費の5-10%を占め、工業国では心血管疾患や癌、骨粗しょう症の治療費を上回ります。
② 歯科疾患に起因する死亡率は低いが、自尊心や摂食能力、栄養、健康に影響を与えるため、小児および高齢者両方の生活の質を悪化させることがあります。
③ 現代社会では歯の重要な役割は外見を良くすることである:顔面は個人の社会との結びつきを決定するのに重要で、歯は会話や意思疎通に必須です。
④ 口腔疾患はかなりの疼痛、不安および社会的機能障害と関連します。
⑤ むし歯は歯の喪失の原因になり、栄養価のある食事摂取、食物摂取の楽しみ、社会生活の自信および生活の質を損ないます。
むし歯を予防して良いことは?(アメリカ歯科医師会の考え)
● 歯痛からの解放
● より積極的な自己イメージができる
● 歯の喪失の減少
● 歯の喪失が原因の噛み合わせ不良の減少
● 歯根治療の必要な歯の減少
● 入れ歯とブリッヂの必要性の減少
● 歯痛や歯科治療のために通学や通勤時間が失われる時間が減少する
これまでのむし歯発生と予防の考え方
これまで「むし歯発生の物語」として語りつがれてきたのは、「むし歯の発生は、砂糖の摂取によってできた歯垢の酸で弱い歯質が侵(脱灰)される」というものです。この3つの要因が重なって時間が経過するとむし歯が発生すると説明されてきました。
3つの輪を一つでも取り除けばむし歯は予防できると考え、日本ではむし歯予防に歯垢を除去する「歯磨き」が強調されてきました。それも「空歯磨き」と言われる歯磨き剤を使用しないというものです。しかし、世界的には、日本は「むし歯の多い国」でした。
ことあるごとに「歯を磨けば、むし歯にならない」というキャンペーン。「空歯磨き」で本当にむし歯を予防できたのでしょうか。
現在のむし歯発生の考え方
現在は「むし歯とは、歯質の成分が溶け出た(脱灰)量が元に戻った(再石灰化)量を上回った時にできた穴」と単純明快に説明されるようになりました。
エナメル質の成分のCaや燐酸が歯垢中の酸により歯面から 飛び出し元に戻らなかった結果の穴がむし歯です。
歯磨きで除去したい歯垢(プラーク)とは何か?
歯垢とは砂糖や糖質をエネルギーとして繁殖した細菌と菌が作ったネバネバした物質(不溶性グルカン)が一緒になって歯の表面に付いた固まりです。
バイオフイルムという膜で覆われた中で乳酸を作り、歯を溶か(脱灰)します。歯垢1mgの中に細菌が5-10億いるといわれています。
ミュータンスの写真は日本歯科医師会ホームページから転載
歯の表面のCaやリン酸が外に飛び出した穴がむし歯の始まり
主にCaやリン酸でできている歯の表面をエナメル質といい、人体の中で一番硬い組織です。
エナメル質の弱点は酸に弱いことです。ある一定濃度(pH5.5)以上の酸に出会うとCaやリン酸が外に飛び出てしまいます。このことを「脱灰」といって、飛び出て穴のままになった状態がむし歯です。
しかし、「脱灰」は初期の段階では「フッ化物」や「中性の唾液」の働きにより修復が可能です。
歯垢(プラーク)が歯の表面につき脱灰した実際の例
むし歯の特徴
むし歯は悪化する病気 (同一人の実際の例)
この写真は年1回の健診と指導時に撮っていたものを数年後に整理したものであり、偶然記録され残された貴重なものです。H大学A教室提供
むし歯の特徴は、治療しないで放置するとどんどん悪化する病気だということです。
上の写真は小学校4年から中1年までの3年間治療勧告にもかかわらず放置した様子です。このようにむし歯が進行すると悲惨な状態になるのです。しかも、一旦治療した歯は元に戻ることはなく治療を繰り返えす運命にあります。
むし歯は歯を抜く大きな原因
「むし歯」と「歯周病」と「破折」で歯を抜く原因の86%を占めます。
2005年 8020財団 高齢者の根面のむし歯に破折
全国2001の歯科診療所の抜歯症例を調査
抜歯症例数9,350(患者数7,499名)
リンク:永久歯の抜歯原因調査報告書(8020推進財団)
むし歯は子供だけではなく一生続く病気です
これまで12歳のDMFT指数(一人当たりのむし歯経験歯数)でむし歯の増減を比較していました。
しかし、厚労省の実態調査では、左図のように生涯むし歯は発生し増加することを示しています。35歳で15本を越え増え続けています。また喪失する歯の数も増加します。
リンク:歯科疾患実態調:調査の結果(厚生労働省)
むしろ、12歳以降で永久歯のむし歯が深刻化
乳歯は2歳まで、永久歯は12歳までに口腔内に出てきます。出たての歯は歯の表面のエナメル質が完成していないので酸に侵されむし歯になりやすく、この時期に始まったむし歯が後に大きくなると考えられています。
近年、12歳以降の中学生、高校生の時期にむし歯が顕在化し、小学時代からの歯質強化が要求されます。WHOは「12歳でむし歯がないことは、生涯にわたってむし歯がないことを意味しない」と2003年テクニカルレポートで述べています。
無視できない高齢者の根面のむし歯
高齢者は歯茎の退縮によりエナメル質よりさらに酸に弱いセメント質が露出しやすくなります。高齢者に多い根面のむし歯は歯の破折を起こし、抜歯の原因になります。
歯茎が露出した高齢者の歯(アメリカ歯科医師会)
フッ化物の基礎知識
WHO/FDIが奨める むし歯予防法の順位
1位 水道水フッ化物添加(フロリデーション)
2位 学校・幼稚園でのフッ化物洗口・フッ化物塗布などの局所応用
3位 学校などでのシーラント
4位 砂糖の摂取制限
5位 歯磨き(フッ素入り歯磨き剤使用が条件)
WHO(世界保健機関) FDI(国際歯科連盟)
以前からむし歯予防法には、「歯磨き」「砂糖の摂取制限」「フッ化物の利用」の3つの対策が言われてきました。しかし、実際には、その効果に大きな差があります。WHOは「フッ化物利用」がむし歯を予防するのに最も科学的に証明された方法である」としています。
世界で最も信頼出来る健康情報を提供しているWHO(世界保健機関)が奨めるむし歯予防法の一位と二位はフッ化物の応用です。なぜ一位と二位なのか?それは効果と安全性が科学的証明されているからです。
これだけは知っておきたいフッ化物の基礎知識
●土壌や海水に多く存在
フッ化物はフッ化カルシウム(蛍石)や 氷晶石の形で地球上の土壌や海水に多く存在しています。
●全ての食べ物に存在
フッ素は海水、土に多く存在する元素であることから全ての飲食物に含まれています。私たちは全ての食べ物から1日1-2mg摂っています。
※1000g中1mg含まれることを1ppm(ピーピーエム)といいます。
●多く取っているのはお米・パンなど穀類といも類から約0.45mg
成人の1日所要量は3mg(米国全国科学アカデミー)
●海水にも人体にも多く存在する元素
自然界にある92の元素の中で、フッ素は多く存在する元素のひとつです。
人体に 体重1kg当たり約43mgのフッ素が存在しています。例えば、体重60kgの人では2.6gが骨や歯に含まれていることになります。
WHO/FAO、アメリカ、欧州連合(EU)はフッ素を栄養素としています。
●WHO/FAO、アメリカやEUで栄養素とされているフッ素
栄養素としている米国では年齢によってフッ化物を取る目安量や上限が決められています。
主要元素 | 酸素、炭素、水素、窒素 |
準主要元素 | カルシウム、リン、マグネシウム、イオウ、ナトリウム、塩素 |
必須微量元素 | フッ素、鉄、珪素、亜鉛、クロム、銅、マンガン、セレン、ヨウ素、モリブデン |
必須微量元素である条件
① 生体に常に存在している。
② 生体の代謝系に影響を及ぼす。
③ 欠乏する生体機能が低下し、適量投与によって、その低下した機能を回復させる。
という3点があげられます。 (大野誠編集 健康を保つ食生活改善「はつらつ家族」15頁)
●血液のフッ素濃度は骨を貯蔵庫として恒常性を保つ
フッ素は血液に恒常的に0.1 ppm (10万分の1%)、イオン濃度で 0.01-0.02ppm に保たれています。
血液の恒常性を保つ貯蔵庫は骨です。血液のフッ素濃度が上がれば血液から骨に蓄えられて恒常濃度まで、濃度を下げ恒常濃度を保ち、血液のフッ素濃度が下がれば、恒常濃度まで骨から血液へフッ素が溶け出し恒常性を保ちます。
フッ素を栄養素としている専門機関や学会
WHO(世界保健機関)
FAO(国連の食糧農業機構)
国際栄養学会
米国全国科学アカデミー
FAD(米国食品医薬品局)
英国王立医学協会
米国栄養士会
●フッ化物の働き
フッ化物の役割で、歯の表面からフッ素が取り込まれ、歯を溶かす酸に抵抗できる酸に強い歯が作られます。初期の段階のむし歯は一度溶け出たカルシウム等が再度沈着(再石灰化)することによって 元に戻ることがあり、フッ素はこの再石灰化の働きを盛んに促進します。また、フッ素はむし歯菌の働きを抑制(抗菌作用、抗酵素作用)します。
フッ化物は強力に再石灰化を促進する
●信頼できる保健専門機関の科学的評価
フッ化物の利用は多くの保健専門機関の評価を受けておりますので一部紹介します。
米国予防医療研究班によるむし歯予防のガイドライン
予防方法 | 証拠の質 | 勧告の強さ | ||
フッ化物* | 全身応用 | フロリデーション | Ⅱ-1 無作為ではない比較対照臨床試験による根拠 | A 根拠十分 利用を支持する |
フッ化物錠剤(6-16歳児) | Ⅰ 適切に実施された無作為に割り当てられた比較対照臨床試験による根拠 | |||
局所応用 | フッ化物洗口 | Ⅰ | A 根拠十分 利用を支持する | |
フッ化物配合歯磨剤 | ||||
フッ化物歯面塗布 |
米国・予防医療研究班によるむし歯予防のガイドラインによっても、フッ化物は「適切に実施された無作為に割り当てられた比較対照試験による根拠」という最高レベルⅠという根拠十分な証拠があり、予防法の利用勧告は「Aレベル」で支持されています。
●WHO(世界保健機関) 2003年
食事とむし歯の関連について科学的な根拠の強さを2003年にWHOは発表し、むし歯の減少ではフッ化物利用のみが最高評価の「確実な根拠」となっています。今、話題のキシリトールは第3段階の評価をされています。
根拠 | むし歯の減少 |
確実な根拠 | フッ化物利用(局所および全身) |
おそらく確実な根拠 | 硬いチーズ 砂糖を含くまないガム |
可能性がある根拠 | キシリトール、牛乳、食物繊維 |
不十分な根拠 | 新鮮な果物 |
●WHOの勧告 2003年
2003年フッ化物利用に関してWHOは加盟各国に以下の勧告をしています。
「現在栄養に関する過度期にある多くの国は、適切にフッ化物を利用していない。例えば、安価な歯磨剤や水、食塩、牛乳などの適切な方法を介して十分なフッ化物利用を促進すべきである。各々の国に応じたフッ化物利用の計画と実行は、政府保健当局の責任である。また、その他地域で選択できるフッ化物利用計画の実施と結果の研究を奨励すべきである。」
※WHOテクニカルレポートシリーズ916 食事、栄養および慢性疾患予防
フロリデーション並びにフッ物利用を推奨している主な団体
国際機関 | WHO (世界保健機関),FDI (国際歯科連盟),ORCA (欧州う蝕研究協議会),IADR (国際歯学研究学会) |
アメリカ | 公衆衛生局,国立衛生研究所,防疫予防センター,国立癌研究所,環境庁,食品医薬品局,医師会,歯科医師会,小児科学会,公衆衛生学会,栄養士会,歯科衛生士会,看護協会,水道協会,他 |
イギリス | 保健省,王立医学協会,医師会,歯科医師会 |
カナダ | 厚生省,医師会,歯科医師会 |
オーストラリア | 歯科医師会 |
アイルランド | 歯科医師会 |
ニュージーランド | 歯科医師会 |
日本 | 厚生労働省,日本歯科医師会,日本歯科医学会,口腔衛生学会,北海道歯科医師会 |
世界のフッ化物の利用状況
WHOの発表では、1990年から2000年の10年間で、種々のフッ化物の応用法が全世界で急速に普及しています。