甘味制限
これまで「むし歯発生の物語」として語りつがれてきたのは、「むし歯の発生は、砂糖の摂取によってできた歯垢の酸で弱い歯質が侵(脱灰)される」というものです。この3つの要因が重なって時間が経過するとむし歯が発生すると説明されてきました。
これまでのむし歯発生の考え方
WHOは「砂糖の摂取量と頻度」はむし歯を増加させる確実な根拠があるとしています。大切なことです。
しかし、むし歯予防のために砂糖の摂取制限を全員に願うのはなかなか難しいのが現状です。砂糖の摂取制限でむし歯をどこまで予防できるでしょうか?この章で一緒に考えてみましょう。
現在のむし歯発生と砂糖の摂取制限によるむし歯予防の考え方
現在は「むし歯とは、歯質の成分が溶け出た(脱灰)量が元に戻った(再石灰化)量を上回った時にできた穴」と単純明快に説明されています。
すなわち、エナメル質の成分のCaや燐酸が歯垢中の酸により歯面から 飛び出し元に戻らなかった結果の穴がむし歯なのです。ですから、直接、間接的に歯を溶かす(脱灰)させる糖質の代表である砂糖の摂取制限してむし歯を予防しようとする考えが「砂糖の摂取制限によるむし歯予防」です。
歯垢と砂糖とむし歯の関係
歯垢は砂糖や糖質をエネルギーとして繁殖した細菌と菌が作ったネバネバした物質(不溶性グルカン)が一緒になって歯の表面に付いた固まりです。
バイオフイルムという膜で覆われた中で有機酸を作り歯を溶か(脱灰)します。歯垢1mgの中に細菌が5-10億いるといわれています。
ミュータンスの写真は日本歯科医師会ホームページから転載
砂糖の摂取によって、一旦酸性になった歯垢も、その後の砂糖の供給がなければ、唾液がしみこみ数十分で中性に戻ります。
しかし、歯垢を除去せずに数日間放置し厚くなった成熟した古い歯垢では、歯垢中で有機酸が作られ、歯垢の酸性が強くなった状態が数十分続いて、エナメル質の成分のCaや燐酸が溶け出し脱灰します。
歯垢の酸度を下げる強さは歯垢の古さ(成熟度)に関係
糖質の摂取はむし歯の発病と関係が深く、糖質の中でもでん粉や乳糖に比べて砂糖(しょ糖)、ブドウ糖、果糖が歯垢の酸度(pH)は急速に低下します。しかし、ソルビトールやキシリトールの代用甘味料は歯垢の酸度を低下させません。
歯垢の酸度を下げる強さは糖質の種類に関係する
日常の食生活ではどうなっているか
氾濫する砂糖を使ったお菓子に群がる子供たち
間食の回数が多いとむし歯が多い
一日の間食の回数が3回以上と多かった就学前の幼児は、むし歯が多いことがわかります。
間食の回数が多いときむし歯が多い理由
間食の回数や量が多かったり特に寝る前に間食するとCa等が溶け出す脱灰する時間が増え、再石灰化する時間を越えるので、酷いむし歯が出来ます。
3度の食事だけの時はむし歯が少ない理由
一方3度の食事だけの時は、中性の唾液の力で酸の強さが中和し、溶けたCaとリン酸が歯に戻る再石灰が起こり、むし歯は出来ません。
甘味制限への保健専門機関評価
WHOは「砂糖の摂取量と頻度」はむしを増加させる確実な根拠があるとしています。
図表 食事とむし歯の関連における根拠の強さ
根拠 | むし歯の減少 | 関連なし | むし歯増加 |
確実な根拠 | フッ化物利用 (局所および全身) | デンプン摂取(一部除く) | 遊離糖質量 遊離糖質頻度 |
おそらく確実な根拠 | 硬いチーズ 砂糖を含有しないガム | 新鮮な果物 | |
可能性がある根拠 | キシリトール 牛乳 食物繊維 | 低栄養 | |
不十分な根拠 | 新鮮な果物 | ドライフルーツ |
WHO/FAO 1986年
WHOは砂糖を含む飲食物の摂取制限の効果を摂取頻度の減少に比例するとしています。
WHO 1986年
むし歯予防方法 | むし歯減少率 |
水道水へのフロリデーション | 50-65% |
フッ素洗口(学校、家庭) | 20-50% |
砂糖含有飲食物の摂取制限 | 摂取頻度の減少に比例 |
歯磨き(学校、家庭) | 不明確 |
米国予防医療研究班による評価 1993年
1993年「米国予防医療実践ガイドライン」で甘いものを控え食事をコントロールするむし歯予防法を「根拠が十分利用を支持する」と勧告の強さAの評価をしています。
予防方法 | 証拠の質 | 勧告の強さ |
甘いものを控える | Ⅱ-1 無作為ではない比較対照臨床試験による根拠 | A 根拠十分 利用を支持する |
就寝時の哺乳びん使用を控える | Ⅲ 臨床経験、症例報告などに基づく権威者の意見 | B 根拠正当 利用を支持する |
**:米国予防医療実践ガイドライン 1993
砂糖摂取が多い国でもむし歯が少ない。何故だ!!
一人当たり年間砂糖消費量とむし歯の比較(砂糖データーは2000年前後)
1998年の日本の砂糖の消費量はオーストラリアの1/2、米国の2/3です。しかし、2003年のWHO報告の、12歳児の一人当たりのむし歯経験歯数(DMFT)は日本に比べオーストラリアは約1/3以下(0.8本)、アメリカは約1/2でした。
これは、砂糖消費量によるむし歯の発生を「フッ化物の適切な利用」で強力に抑えているので砂糖消費量とむし歯が一致していないからです。2003年、WHOが砂糖とフッ化物利用で重要な発表をしています。
国別・砂糖消費量とむし歯発生の関係
国際小児歯科学会教育委員会 国際小児歯科学会教育委員会は、日本、オーストラリア、米国などを比較し、年間一人当たり砂糖の消費量とむし歯の発生数は必ずしも比例していないことが判りました。(一部の国を掲載) 何か他の要因がむし歯発生に大きな影響を与えていることになります。このことは、前述のフッ化物利用の砂糖摂取への影響(2003年)でWHOが報告しています。
砂糖の消費量は減らなかったが、むし歯は減った。
砂糖の消費量は減らなかったが、むし歯は減った。
砂糖の消費量は減らず、むし歯も変化なかった。
WHO報告:フッ化物利用は砂糖でのむし歯発生を抑える(2003年)
2003年、WHOはテクニカルレポートの中で、「砂糖摂取とフッ化物の影響」という重要な発表をしています。フッ化物利用は砂糖摂取の悪影響を抑えるというものです。(例:オーストラリア、アメリカ、日本の比較)
フッ化物利用は砂糖摂取の悪影響を抑える WHO 2003年(要約)
ほとんどのヒトで
・適切に定期的にフッ化物を利用した場合には砂糖摂取は、むし歯発生の中等度の危険因子に過ぎない。(例:オーストラリア、アメリカ)
・定期的にフッ化物を利用しない場合には砂糖摂取は、むし歯発生の強力な危険因子となる。(例:最近までの日本)
砂糖摂取を制限した場合には
・フッ化物を広範囲に利用すれば、むし歯を予防できる。
・フッ化物利用がなければ、それほど強力に予防できない。